私は最初から基礎研究者を目指していたのではなく、医学部を卒業してから8年間は内科医として主としてリウマチ・膠原病の診療・研究に従事しました。当初の2年間は日本でもトップレベルの病院での研修で疾患に苦しんでおられる患者さんに日々接して悩み、大学院で自己免疫疾患の研究に従事したときには病因に迫り、治療法の開発に繋がるような研究を指向しました。しかしながら、私が大学院に入学した1987年頃はまだ、分子レベルで疾患の原因を明らかにすることは簡単ではない時代で、なかなか実現できませんでしたけど。大学院時代に知的好奇心の赴くままに免疫学だけではなく広く生物学全般に関して知識を広めていくなかで、人類に大きく貢献するbreakthroughは、—細胞周期、細胞死などがその例ですがー、疾患を見つめることから生まれてきているのではなく、酵母、線虫などのモデル生物の研究から見いだされていることも多いことに気付きました。

その後、元・米国国立ガン研究所所長のR. Klausner博士の下への留学する機会を得ました。研究内容は免疫とはかけ離れた鉄代謝調節機構になりましたが、留学中に色々な国出身のPost-Docたちと交わり多くの知古をえたことは今でも私の財産です。ボスのKlausner博士は医学部卒業者ではありますが、生物学全般において多くの世界的な業績を残されたエネルギッシュな研究者です。この留学を経て、疾患にとらわれることなく医学・生物学の重要な問題に正面から敢然と立ち向かうおうと決心を致しました。表題はKlausner博士が良く話された言葉です。

帰国後は鉄代謝制御系の研究から派生した形でユビキチン修飾系の研究にも従事しました。ユビキチン修飾系はエネルギー依存性タンパク質分解系の一部として発見されました。タンパク質分解は、ダメージを受けたり、不要になったタンパク質を処理するゴミ処理系のように考えられて来ましたが、ユビキチン依存性タンパク質分解系は細胞周期、シグナル伝達など多くの生物学的事象の制御に関与していることが明らかとなり、私の15年来の盟友であるユビキチン修飾系の発見者のCiechanover教授らに2004年のノーベル化学賞が授与されました。ただ、ユビキチン修飾系は発見者たちの想定の範囲を遙かに超えた多彩な機能を有していることが明確になりつつあります。ユビキチン系の特徴はユビキチンが数珠状に繋がったポリマーであるポリユビキチン鎖が結合することでタンパク質の機能を制御する点にあります。

私たちは「ポリユビキチン鎖はどのようにして形成されるのか?」と言う純粋な生化学的な問題の解明を進める過程で、これまで報告されていなかった直鎖状ポリユビキチン鎖を同定しました。 図らずも、直鎖状ポリユビキチン鎖はリウマチ・アレルギー性疾患、ガンなどの疾患に関与するNF-κBの活性化に関与することを明らかにすることができました。

また、私たちのもう1つの主たる研究テーマである鉄代謝調節系の研究でも、鉄のミトコンドリア機能における役割、神経変性疾患への関与などの知見も蓄積されてきました。

医者をやめて以来、「ヒトのためになることがしたいのなら医者を続けている!」と自分に言い聞かせつつ、自分の中で湧き出てくるScientificな疑問に対峙し、ひたすらfundamentalな生化学的なプロセスで未解明な問題を追及してきました。その過程で、図らずもガン、神経変性疾患、アレルギーなど、今後人類が克服すべき疾患の治療法開発に繋がるような研究成果も得られてきたことは、本当にありがたいことだと思っています。

色々な思いがありましたが、2012年から10年以上離れていた京都大学に研究室を移しました。京都ではまず、私たちの研究成果が疾患に苦しんでおられる方に福音をもたらすことが出来る様にclinicalな応用に向けての努力をしたいと思います。1993年の留学を契機に足を洗ってしまった免疫学に関連した研究も手がけようと思っています。

京都大学のキャンパスも雰囲気も10年の間に大きく変わったような気がします。やはり京都の地は知的好奇心に満ちた研究者の自らの知的欲求に応じた活動に最適の場所だと考えます。

私に与えられた残りの時間はユビキチン修飾系・鉄代謝制御系・NF-κB活性化機構の研究のみならず、生物学的に根源的な問題にチャレンジして1つでも多くの人類の英知としての新たな発見をすることが出来ればと思っています。出身学部を問わず、若い研究者のみなさんと一緒にscienceを楽しめればと思っております。